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吐く血

統合失調症の女が色々考えるブログ

冬樹と雪子 〜春〜

雪村冬樹くん(17)と柊雪子(17)のよくわからない小説

 なんと形容していいかわからない――ただ、美しいとしか言いようのないその少女と冬樹が出会ったのは、今年の四月、高校三年生になってからだった。息を飲むほど美しい彼女を見て、動きを止めた人間は冬樹だけではなかっただろう。実際、ぽかんと口をあけて彼女を凝視している男子や女子はたくさんいた。
 冬樹はさりげなく、クラス変えの名簿の近くにいる彼女へと近づく。そして掲示板に掲示されている教室割り振り表を見て、彼女が一体何組なのかを調べようとした。彼女はどうやら、五組らしい。そして自分の名前を冬樹は探す。一組でもない、二組でもない、三組でも四組でもない。ならば、と思って見上げた紙には、はたして冬樹の名前があった。舞い上がる気持ちを抑え、冬樹は新しい教室へと向かった。
 しかし一体彼女はいつ現れたのだろう。あれほどの美貌だ、一年生の時からいたのならば、噂にならないはずがない。転校生だろうか。歩きながら、冬樹は考える。早く彼女の名前が知りたい。
 教室の扉を開いて、周りを見回して見ると、少しだけ一年生や二年生の時のクラスメイトがいるのが目に付いた。
「えー、また冬樹と同じクラスかよ」
「本当には嬉しいくせにそんなこと言うなっつーの」  軽口を叩きながらも、気になるのは先ほどの美少女のことだった。見る限り、彼女はまだこちらへきていないらしい。
「ていうかさ、冬樹見た? あのやばい美人」
「見た見た。だから早く来ないかなって思ってるとこ」
「下心いっぱいかよ〜!」
 言っているうちに、始業を告げるチャイムがなった。教室は始業式なので授業はないのだが、全員が一様に緊張した面持ちでいた。それもそうだろう。先ほどの美女がこのクラスだということがわかっているのだから。
 担任となる教員が教室へ入って来る。身だしなみにうるさいと評判の教師だ。冬樹はこの時点でげんなりする。しかしその落ち込んだ気力も、次の瞬間吹き飛んだ。
「えー、みなさんご存知かとは思いますが、ここで転校生の紹介をしようかと思います。その後、みなさんひとりひとりにも自己紹介として一言行って頂くので、今のうちに考えておいてくださいね。それでは、柊さん、入って」
 呼ばれて教室の中へと入ってきた彼女は、形容しがたいほど美しい顔をしていた。柊さん、と呼ばれた彼女は、ぱかぱかとサンダルの音を響かせて教壇の隣へ立つ。
「えー、今度から君たちのクラスメイトになる柊雪子さんだ。さ、柊さん。簡単に自己紹介して」
 担任に促され、こくりと頷いた彼女の髪の毛は真っ黒で艶があって、つい手を伸ばしてしまいそうな美しい髪だった。
「柊雪子といいます。趣味は読書です。よろしくお願いします」
 雪子が頭を下げた後、盛大な拍手がなった。主に男子からだ。彼女の慎ましい様子に心奪われたのはなにも冬樹のだけではなかっただろう。
「柊さんの最初の座席は……そうねえ」
 今のこの瞬間、教室中の男子全員が自分の隣りでありますように、と祈っただろう。担任の目線が右往左往して、その動きを追う男子の姿はなんだか餌を目前とした猿のようで滑稽だった。もちろん、冬樹も含めてだが。
「うーん……じゃあ、あそこに座ってもらおうかしら。ほら、あのやけに色白な男の子」
 やけに色白。その言葉を担任が発した瞬間、冬樹の方へ全クラスメイトの視線が集まった。このクラスに、やけに色白な男子といえば冬樹しかいない。
「じゃあ、彼女の案内はしばらくは雪村冬樹くんにしていただきましょうか」
 雪子が冬樹の隣の席へと歩んで来る。彼女は、どっさり書類の入った鞄を机の上に置いて、冬樹へ笑いかけた。
「今日からよろしくね」
「こ、こちらこそ……」
 クラス中の男子から羨望と非難の視線が冬樹の背中に突き刺さる。
「名前、教えてよ」
 それを知ってか知らずか、彼女はフランクに冬樹に話しかけて来る。これはあとで誰かに刺されても文句は言えないな、そう思いながらも、冬樹は色白な肌を若干染めて、彼女の問いに応えた。
「雪村冬樹です。えっと、よろしくね。わからないこととかあったらなんでも聞いてね」
「雪村冬樹くん、苗字も名前も冬っぽいのね! わたしとお揃いだわ。わたしも、柊と雪子なんだから」
 冬樹に笑顔で話しかける雪子にたじろきながらも、冬樹は彼女のペースに合わせて会話を続ける。背後に迫る殺気は見ないことにして。
 担任がトントンと名簿を机で揃えると、「さあ、始業式を始めますので、体育館へ移動しましょう」と言った。ぞろぞろと出て行くクラスメイトを横目に、冬樹は立つ気力もすらなかった。美少女と話すことがこんなにも緊張して疲れるものだなんて――これからの自分ははたして彼女のの面倒を見るという責務を果たせるだろうか。そう思っている内に、教室内には冬樹と雪子の二人になっていた。
「冬樹くん、いかないの?」
「行くけど、柊さんこそ先に行ってればよかったのに」
 雪子はそれを聞いて、目を見開いていかにも驚きましたといった様子で言った。
「お世話係を置いて行くお世話され係なんて信じられないわ。冬樹くんのすることを真似て、早く学校に馴染むのがわたしの今の使命なんだから」
 ぶんっと音がしそうなほど、腰に手をあてて頰を膨らます雪子は、この上なく愛らしく見えた。だから、そんな彼女が誰か教師に怒られるのはかわいそうなので、冬樹は気だるげに席を立つ。
「ねえ、中に入ったら、わたしどこにいけばいいのかしら」
「五組の列の中ならどこでもいいと思うよ」
「冬樹くんの近くがいいなあ、安心するもの」
「いや、俺はこういう行事サボるから」
 冬樹の言葉に、雪子は大きい目をさらに大きくした。
「おサボりってこと?」
「そういうこと。ただ、場所がわからないだろうから、案内だけするよ」
 冬樹が大きなあくびをしながら、教室の扉へ歩み寄ろうとしたとき、くいっと袖が引かれた。何事かと冬樹が裾を見下ろすと、袖を掴む華奢な指がそこにあった。
「どこでサボるつもりなの?」
「説教する気? そういうの面倒だからやめてよ」
「説教なんて偉そうなことするわけないわ。ただ、ご一緒するのよ」
 冬樹は、ぽかんとした様子で雪子の顔を見下ろした。一瞬、彼女がなにを言っているのかわからなかった。
「転校生なのに始業式サボりはまずいと思うけど。俺はもう常習犯だから諦められてるけどさ」
「そんなの、サボり常習犯に面倒だからを任せた教師のミスだわ。だから、ご一緒するの。……それとも、わたしがいると面倒?」
「そんなわけないし。ただ、柊さんの……」
「雪子って、名前で呼んで」
「……雪子さんの教師からの評価が下がるから……」
「教師からの評価なんてクソ喰らえよ。なにも気にすることじゃないわ」
 無邪気に言った彼女がが、冬樹の手を握った。予想外の接触に、冬樹ははその場から動けなくなる。
「さあ、おサボりコンビ発足だわ。いきましょ、冬樹くん。冬樹くんがいつもサボってる場所へ案内してくれない?」
 そのまま冬樹の手を握って教室内から出た彼女へ突っ込む気力もすら、冬樹にはなかった。手の平の冷たい温度が思考回路を麻痺させる。
「どこへ向かえばいいかしら」
「俺はいつも屋上だけど」
「屋上! なんだか不良みたいでドキドキするわ。さ、早く案内して」
 ただの美少女であると思っていたが、とんでもないじゃじゃ馬だったと冬樹にははため息をついた。この自由奔放さにこれから付き合わされるのかと思うと、げんなりする。
「冬樹くん、早く! 教室内に見つかる前に移動しましょ!」
 彼女のミニスカートがひらひら揺れる。冬樹の手をを掴む彼女がの手の力は存外強かった。
「はいはい、ご案内いたしますよっと」
 冬樹がやや諦め気味に言うと、雪子は満足そうな顔をした。
 冬樹と雪子、二人の出会った日――満開の桜が地上を彩る、春のある一日のことだった。