吐く血

統合失調症の女が夢を追いながら色々考えるブログ

被害妄想は本当に妄想なのか

わたしは被害妄想が激しい。
たとえば、街中でわたしの方を不意に振り返った人がいるとする。
するとわたしは、それを見て「ああ、わたしが醜悪だから振り向いたんだろうな」と思う。
たとえば、親と話している時、わたしは疎まれているんじゃないかという妄想にかられる。
だから、何度も確認する。
わたしのこと、見捨てないよね。 わたしのこと、面倒だと思ってないよね。
その度に家族は、そんな風には思ってないよ、迷惑じゃないよ、と言ってくれる。

でも、その言葉を立証する証拠は何もない。
本当に迷惑がられていないか、わたしにはわからない。
実はこの人はわたしのことを疎んでいて、それでもわたしが「家族」だから、そう言ってくれているだけなのかもしれない。

そう思うと、生きることが途端に苦しくなる。
妄想と現実の境が曖昧になって、わたしはどうしていいかわからなくなる。
きっと家族だって、わたしのことを面倒だと思っているはずなのだ。
なぜなら、こんなにも迷惑をかけているのだから。
会社の人間だってそうだ。わたしが復帰したら、優しい言葉をかけてくれるのかもしれない。
けれど、裏では悪口を叩きまくっているのだろうなあ。そして、それはきっと事実なのである。

医者は「それは病的な不安からくるものだ」と言っている。
けれど、わたしはそうは思わない。
わたしは疎まれている。家族から、そして社会から。

この世界は、統合失調症の人間が生きるのには向いてない作りをしている。
それもそうだ。幻覚が見えて、幻聴が聞こえるだなんて言っている人間は、おそらく、健常者からしたらキチガイにしか見えないだろう。
それでも、これがわたしの世界だ。わたしは、健康な人が見てる世界と違う世界で生きている。
そこはひどくがらんどうで、何もない世界だ。正しいものなど何もない。
わたしの世界は、偽りからできている。ありとあらゆる言葉が詭弁で、本当にわたしに寄り添ってくれる人間などいやしない。
人間は、変わった生き物を見るとつい見る。それはわたしに対しても同じだ。
わたしは別の世界に住んでいる生き物だから、物珍しいのだろう。そして、マイノリティーは排除されるこの世の中で、誰にも受け入れられずに生きていくのだろう。

周囲の人間は、わたしのことを珍獣を見るような目で見る。
それは、事実で、決してわたしの被害妄想ではない。
わたしがそうだと信じる限り、わたしの被害妄想は妄想たりえないのだ。
わたしにとっては、それが事実なのだ。

だから、最近「それはお前の被害妄想だ」と言われることが苦痛になってきた。
わたしは本当のことを言っている。それなのに、なぜそんなことを言われなければいけないのだろうか。

正しい世界で生きることがそんなに大切か。
正しいことは、本当に正しいのか。
わたしの世界は正しくないだろうけど、それを薬で脱却させて、無理に正しい世界にいることがそんなにも価値のあることなのか。
わたしはどうしてもそうは思えないのだ。

まだこの時間か。父親から与えられた課題を消化するために頭を回転させよう。
正しくない世界からでも、何かを生み出すことができるはずだから。

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