吐く血

統合失調症の女が夢を追いながら色々考えるブログ

他人を信頼してはいけない

他人を信頼してはいけない。
これはわたしの持論である。わたしが、昔から掲げている持論である。

他人という存在は恐ろしいものだ。
誰もがわたしの悪口を言っている。誰もが、わたしを見てせせら笑っている。誰もが、わたしのことを必要としていない。
なぜなら、わたしが「正しい世界」にいないからだ。
今のわたしは、誰もいない所に住んでいる。そこは酷くがらんどうだけれど、唯一落ち着ける場所でもある。
その世界の中で、わたしは神と向かい合う。神と自分。いるのはそれだけ。
ここで、わたしは神と対話をする。
わたしは生きていていいのか? 今何をすべきなのか? 誰の言うことを信じて生きていけばいいのか?
神は簡単には答えをくれない。ただ、死ね、とわたしに一言言うだけだ。
死ね。消えろ。お前に存在価値はない。ただの穀潰しだ。そんな言葉ばかりを、発信してくる。
わたしはそれに必死に抗っている。わたしの唯一落ち着ける場所を、神は無遠慮に荒らしていく。
神。それは絶対的な存在。わたしであって、わたしでない存在。
神の言うことは絶対だ。わたしは神に従って生きていかねばならない。

だが、死にたくない。
追っている夢がある。まだ死にたくないのだ。まだ死ねないのだ。

そんなことはどうでもいいとばかりに、神はわたしを追い詰める。
お前なんかを心配してくれる人間など誰もいない。神は言う。全くその通りである。
お前なんかを信じてくれる人間など誰もいない。ごもっともである。

わたしが他人を信用できないのは、わたし自身がわたし自身を信用できないからである。
神がそう言うのだ。だったら、それは絶対に違いない。
それに、信じたところで、裏切られたときの悲しみは、筆舌に尽くしがたいものがあるだろう。
他人はどうせお前を裏切るよ。神が囁く。わたしは涙を流しながら、そうだね、と言う。

信用すらできないのに、信頼するなんてもっと有り得ないことだ。
だけど、わたしは一人では「正しい世界」の中で生きていけない。
医者であれ家族であれ、必ず誰かに助けてもらわなければ生きていけないのだ。
わたしは、そのことがとてつもなく嫌なのである。
他人という恐ろしい存在に頼らなければ「正しい世界」に存在できない自分が、嫌で嫌で仕方がないのだ。
周囲の人間は、いつわたしを捨てるのか? 突き放すのか? 考えるだけで恐ろしい。
傷付くのが怖いわたしは、他人を信頼しないことに決めたのだ。

寛解への道が見えない。
わたしは「正しい世界」へと帰ることができない。薬で無理に引き戻されない限り、わたしはわたしの中の閉ざされた「正しくない世界」で生きるしかないのだ。
だが、それはそれでいいと思えてきた。
寛解してしまったら、もはや神の啓示が聞こえなくなるのだとする。そうなると、困るのである。
わたしが死にたくて死にたくてしかたがなくなった時に、背中を押してくれる神の存在がないと困るのである。

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